Cooperative Research In Mystery & Entertainment
探偵小説研究会
「CRITICA」第8号 目次


探偵小説研究会編著「CRITICA」第8号
 (2013年 8月発行、A5版、表紙カラー)



目次

序文(読む

特集――中井英夫歿後20年
ハネギウス一世との邂逅 本多正一インタビュー聞き手・濤岡寿子
恋をしなさい(再録)本多正一
中井英夫と北海道大森滋樹
日蝕の翳り 『とらんぷ譚』と雑誌《太陽》千街晶之
薔薇幻視、香りへの旅、囁きの夜について 濤岡寿子 
中井英夫雑記 巽 昌章 
中井英夫研究・参考文献目録(1954~1991)  本多正一・編 
中井英夫研究・参考文献目録(1992~2012)  橋本順子・編 

現代本格の状況
探偵が推理を殺す小田牧央
「推理小説の論理」をめぐって 『探偵小説の論理学』批判(その一) 巽 昌章

解放区
B級ミステリ映画への招待・パート2千街晶之
ささいなこと   スーザン・グラスペル/波多野健訳・解説

執筆者後記


「CRITICA」第8号 序文

『CRITICA』第八号をお送りする。

 本号は、歿後二十年を偲ぶ中井英夫特集である。

 中井英夫が亡くなったのは一九九三年一二月一〇日のこと。この日はちょうど『虚無への供物』冒頭の場面の日付にあたる。こうした暗合は中井英夫という存在をめぐってしばしば見られるようで、そうしたことが中井英夫をカリスマ的な作家にしているのかもしれない。

 一九六四年に「アンチ・ミステリー」として登場した当時は、一部の識者によってしか評価されなかった『虚無への供物』だが、一九六九年に三一書房から刊行された『中井英夫作品集』に収録され、さらに一九七四年になって講談社文庫の一冊として刊行されたことで、より多くの読者の手に渡るようになった。『中井英夫作品集』版は竹本健治に影響を与え、『匣の中の失楽』を書かせるに至ったし、その後も笠井潔のいわゆる新本格ムーヴメントに対する評論活動でしばしば取りあげられた。そうした動きもあって、特に新本格ミステリ・シーンにおいて特別な場所を与えられてきたように思われる。

 だが近年、中井英夫は読まれているのかどうか。

 亡くなる直前に『別冊幻想文学』が「中井英夫スペシャル」と題して二冊の特集本を刊行し、中井英夫をめぐる資料を集成した。その後、東京創元社から『中井英夫全集』の刊行が始まり(一九九六〜二〇〇六)、二〇〇四年には、『虚無への供物』刊行四〇周年を記念してオマージュ集『凶鳥の黒影 』が出版されたり講談社文庫版の『虚無への供物』が上下二冊本の新装版として再刊されたりした。歿後も、雑誌『彷書月刊』(二〇〇二)で特集が組まれたり、ムック「KAWADE 道の手帖」(二〇〇七)の一冊として刊行されたりしてきた。また、四半世紀ぶりに行なわれたアンケート投票に基づく、文藝春秋の『東西ミステリーベスト100』(二〇一三)では、前回に引き続き『虚無への供物』が総合ランキングの第二位をキープしている。

 こうした動きを振り返れば、中井英夫は常に読まれ続けてきたように思われる。だが、安藤礼二の先鋭的な中井英夫論が書かれた二〇〇六年、あるいは単独特集のムックが編まれた二〇〇七年以来、優れた中井英夫論が現われたという印象がない。本号に収録した橋本順子氏による「中井英夫研究・参考文献目録」を瞥見しても、二〇〇八年以降、中井英夫を語ろうとする言葉は明らかに減少しているように思われる。歿後二十周年である本年も、半分が過ぎようとしている現在の時点で、アニバーサリー的な刊行物が見られないことは、その証左であるように思われる。これはひとつには、中井英夫はオマージュを捧げる対象ではあっても、それゆえにこそ、論じる対象にはなりにくかったからではないだろうか。

 二〇一一年三月一一日に起きた福島第一原子力発電所事故を経験して、反原発運動が高まりながら、既存の原発の再稼働の動きが見られるようになった昨今、『虚無への供物』の示した批評性が改めて見直されるべき時が来ているように思う。もっとも、そうした非文学的(?)な評価が、妥当であるかどうかは、また別の問題ではあるのだが。

 あるいは、『虚無への供物』刊行五〇周年にあたる来年(二〇一四)には、そうした現状を踏まえた、優れた中井英夫論や『虚無への供物』論が書かれるのかもしれない。そうした動きを期待する意味でも、その先触れとしてここに「中井英夫没後二〇年」特集号を刊行するものである。
 現代本格をめぐる評論としては、小田牧央による、前号の問題意識を引き継いだ大部の論考や、巽昌章による、小森健太朗『探偵小説の論理学』に対する批評的論考を掲載した。共に、ミステリにおける論理や名探偵の推理をめぐる考察という点で共通しており、現代本格の関心のありどころを示唆しているかのようである。中井英夫が『虚無への供物』において、自称・名探偵たちの推理合戦を通して描いた〈推理〉のいかがわしさをめぐる文脈に思いを致すなら、これまた中井英夫特集の範疇に収まるのかもしれない。

 そのように見てくると、解放区に寄せられた原稿が、中井英夫の〈呪縛〉から逃れ得ているのかどうかも、気になってくるところだ。今号は、中井英夫という存在を補助線として、かなりスリリングな一冊になったと自負するものである。ご愛読を請う。


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